連携を良くするためには自分がまず外へ。。。:第24回日本保育保健学会の参加報告(後編)

の続きです。

本当は前日からフル参加のつもりだったのですが
気になる患者さん達が数名いたこと、後輩世代の先生方を
応援したい気持ちで去りがたく出発を当日早朝にしました。

プログラム、抄録集は自分にとって大変興味深く感じていた
でした。

700名近い参加者がいるという盛況な学会でした。
到着してまだ掲示しているポスター発表を拝見しましたが
幼稚園や保育園での発達支援、生活支援の話がたくさんあり
勉強になりました。



金原 洋治先生の
「園で気になる子どもの理解と関わり方と取り組み      
─ 保育者向け研修講義スライドとリーフレット ─」 
教育セミナーを拝聴して来ました。
幼稚園や保育園における発達障害と言われるお子さん達と
ご家族の支援のお話でした。

フォローアップ外来で伝えたい情報がたくさんある気がしました。

「子供は不安を言葉でなく、行動で表現する。気になる行動の背景には
不安がある。不安には分離の不安、何か特定の不安、社交不安、など
様々ある。不安気質と自閉症は一見にている。」という言葉が
すごく腑に落ちました。

様々な幼稚園や保育園での発達障害への尺度をお聞きして
それも勉強になりましたし、ペアレント・トレーニングのみならず、
ティチャーズトレーニングという話も拝聴して来ました。

また、「大丈夫と思える安心を育てる」
「叱咤激励はいいとは限らない」
「わかりやすく見通しを示す」
「できないこと探しでなく、いいとこ探し」
「子供の味方であることを忘れない」
「チクチクする言葉よりふわっとする言葉」
子供だけでなく、大人との人間関係にも通じる
レクチャーでした。

金原先生の言葉が胸に響くと思えていたのですが、講演の後、
お声かけいただき、尊敬する仁志田先生や後藤彰子先生と親しい
ことをお聞きして、この世代の先生方のビジョンを感じたり、
昨年国内留学してくれた山口の木村献先生と一緒に働いている
ことなどをお聞きしてご縁の広がりを感じました。この学会、
今後も参加したいと思えました。


この後が自分の講演でした。


想像を超える多くの聴講の皆様でした。
NICU卒業生の幼稚園や保育園での生活に悩む、力になりたいと
思える人たちがたくさんいるのだと思えていました。

自分は幼稚園や保育園の先生方や看護師さん達には
みなさまの目の前でどう支援したらいいかわからないでいるかもしれない
お子さんとご家族のNICUから幼稚園や保育園にたどり着くまでのことを
追体験してもらえたら、、、という気持ちを話して来ました。


また、未来への不安をゼロにすることはできないけど、
今の喜びをシェアしていくことで前を向ける気持ちになれるかもしれないこと、
障害とは何かということを自分なりにお話しさせていただきました。


の皆様の感想は上記です。

神奈川県が羨ましいと言ってくださるのはありがたいのですが、
自分は
「いやいや、神奈川県もNICU卒業生のご家族は生きづらさとともに
生きている人たちはたくさんいると思うし、できていないと思える
から、こういう話をしている気がする」とお話ししました。

先生達に感謝しているから、自分たちも自分たちで
できることを頑張りたいというリトルスターの方々の
言葉に


の記事で紹介されている
全国医療的ケア児者支援協議会「親の部会」のリーダーとして
登場されているのは当院NICU卒業生
のたいちくんのお父さんが同じことを言っていたなと
思い出していました。同じ志を感じていました。


圏内で命の授業を一緒にしてくださる教員でありNICU卒業生の
ご家族も、けいたくんのママさん達のように看護学校の先生になったり
訪問看護ステーションや病児保育を始めたご家族など
NICU卒業生が多い私たちのNICU。

こういう人たちの言葉から自分も気づかされていて、
できないないことを講演しているつもり。。。ですという
ことをお伝えして来ました。


今回の学会の回答の柳本先生とお話しする時間は貴重でした。



2年前に新潟で小児科医向けに講演をさせていただいた後、
自分に今回の大役を託してくださいました。柳本先生のように幼稚園や
保育園と連携しながら医療をしている、子供とご家族を応援している
柳本先生の言葉や想いは様々な
気づきをいただきました。そして、様々なご縁をいただきました。


講演後、土地勘もあるし、信濃川沿いをブラブラ歩きながら
新潟駅に向かいました。そうしたら、声をかけてくださる

講演の座長をしてくださった新潟市こども未来部の山口部長とばったり出会い、この日、最終日という萬代橋サンセットカフェに御誘いいただきました。ビール一杯のつもりが長々と様々なお話をさせていただきました。

医療現場、行政で子供達とご家族に対する小児医療や福祉・
保健などで感じていることを思っていること、神奈川や新潟で
やろうとしていること、
願っていることなどを交換できて、
今回の旅の貴重な時間でした。

足らないことを嘆かず、あることに感謝しながら、
限りある資源・財源の中でどう小児医療や福祉や保健を
よりよくして行くか、、、そんなことをたくさん考える
時間で、山口部長の言葉に様々な共感やヒントをいただきました。

新潟の<今よりもより良い未来>を自分も願う気持ちでした。


<連携が大切>という医療者は多いけど、自分はその言葉に
いつも違和感があります。

その言葉の背景には自分以外の人達に
自分たちを理解してほしいと言っている気がするからです。
<連携が大切>と思うなら、自分がいるフィールド以外に
自分が行く必要がある。
ロクヨンという映画で共感した
「窓を開けて風通しを良くするためには自分が部屋を
出る必要がある。
  部屋の中にいては窓を開けられない。。。
自分がまず、部屋の外に出ないといけない」
という言葉を思うだす気がしました。

自分たち新生児医療者もNICUの中だけにいては
NICU卒業生とご家族を本当の意味で救える、
支えられるわけではないと改めて思えました。


大学卒業して横浜に旅立つときに2度と戻れないかなと
思えていた萬代橋、新潟を感じる場所です。

「新潟」は<優しい人>が多いなといつも感じます。

弾丸往復になりましたが日本海側からの風を感じる
新潟の気候を懐かしく感じつつ、もし、新潟を出ないで
横浜にこなかったらどんな人生だったろうと思えたりもしました。


それはそれできっと楽しかったかもしれないけど、
村田選手がインタビューで言っていた共感した言葉
「ベイスターズに残っていたらどうかと言われても、ベイスターズに
残っていたらいいこともあったかもしれないけど、ジャイアンツに
行ったからこそ出会えた人達との時間がなくなるとしたら、
それも考えたくない。昔に戻ってもやっぱりジャイアンツに
移籍すると思える」という言葉を思い出しました。


新潟の街を歩きながら、


今いる場所、時間と出会いを積み重ねて来た横浜に戻った
日曜日の夜でした。

また、新潟に来れる日を楽しみに横浜でできることを
続けていきたいと思えました。


ご意見ご感想などお寄せくだされば心強く感じます。

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Posted byNICUサポートプロジェクト

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