ドラマを手伝ったのではなく、一緒に伝えたかった:「コウノドリ先生からの伝言」の報告(後編)

ちょうど1週間前の今頃、

の続き、後編です。

鈴木プロデューサーの講演に涙してしまい、
自分の講演の出だしでつまづいてうまくはせなかった
自分です。


ただ、こういう多くの方の前で話をさせていただく機会を
大切に、この日のために今まで生きてきたかも、この日が最後に
なってもいいかなと思う気持ちでしっかり気持ちを伝える
講演をしたいと思って恥ずかしげなくお話ししてきました。

まずは、

小林先生を皮切りに、今、神奈川で獅子奮迅の働きぶりの兼次先生まで
10年間で11名の北海道で赤ちゃんたちの
命を守ろうと頑張ってきた後輩世代の新生児科医の方々との
ご縁をお話しさせていただきました。

北海道の新生児科医は皆、地元をすごく愛し、
その場所で生まれる赤ちゃんたちを一生懸命に見守りたいという
熱意や優しさを感じる尊敬を感じてきたメンバーだということを
お話しさせていただきました。彼らの守りたいこの街で
新生児医療のお話しをさせていただく機会をいただいたことを
自分も嬉しいという気持ちを伝えさせていただきました。

その上で
上記のメンバーも研修にきてくださった神奈川県立こども医療センター
のNICUに
コウノドリの制作スタッフ、出演者の
皆様が訪問してくれていた日々を
の特典映像から流させていただきました。




の頃を感慨深く想い出しながら


最初はドラマ「コウノドリ」にNICUのシーンは必要なのか?
撮影可能なのか?と懐疑的だった自分の思い、その中で
クランクイン前から熱心に当院に足を運んで周産期医療を知ろうと
知ってくれていたスタッフの皆様、
「NICUのことを知らなくて産科医は演じられないと思った」
という言葉で、当院の過去の報道や本などを軒並み読んできた
というサクラ先生の熱意。。。


「険しくなく穏やかで優しげな空気感」
この場所の雰囲気を出すのが
自分の役目といってくださった今橋先生、

当院の過去の報道を一緒にみて
涙流してくれていた新井先生、

ちょうど、当院での看取りの医療がされていた
光景を目の当たりにして、
涙してお子さんとご家族に心寄せてくれていた
白川先生、

当院に自発的に見学にきてくださった看護師さんたち
などとの出会いが続き、
気持ちが変わっていたことをお話しさせていただきました。

自分たちがドラマを手伝っているのでなく、この人たちがNICU医療を
伝えよう、よりよくすることに協力しようとしてくれていると感じ始め、
信頼して<一緒に伝えたい>という思いで協力していたことを
お話ししました。


「こだわってこそリアリティー」
という言葉を伝えてくださったスタッフさんが
いましたが、撮影スタッフの皆様の熱意、昼夜を問わずに頑張る姿に
ドラマスタッフとNICUスタッフの交流もありがたい機会に感じました。
一緒にNICUの空気感を出せたらと思っていたとお話ししてきました。


この後はクランクインの時に自分が出演者さんやスタッフさんたちに
お話しした内容、命の授業などで話しているようなことをコウノドリの
シーンを使ってお話しさせていただきました。


コウノドリに関心をもって集まってくださった皆様に、
現実の周産期医療のこと、コウノドリのお話しを拡大して
改めてお話しさせていただきました。


4話のシーンを振り返った後、
超低出生体重児の大地くんを演じていたお子さんの
その後、ご家族の言葉などを伝えてきました。



の写真や10歳になったじゅんやくんが
ハーフ成人式で「お母さん、産んでくれてありがとう」
と読んだ作文、パパさんやママさんと交わした言葉などを
伝えてきました。


次に9話の超低出生体重児の看取りの医療の
シーンを振り返りながら、


に書き残しているように、ドラマと同様の経験をされたご家族が
9話の撮影の時に天啓としか思えない状況で弟くんが入院していたこと、


バックトランスファーとなったゆうたくんを演じていたこと、
そのご家族の出演への想い、
そのご家族と交わした言葉、その後のゆうたくん役のお子さんの
成長ぶりを伝えてきました。


その上で、実際のNICUは<命をめぐる話し合い>が多い場所、
医療者間でも、医療者とご家族でも
「赤ちゃんとご家族のその状況における幸せとは何か?」
考え続けている場所だと思うとお話しました。

の動画を流して、


最終回の在宅療養をご家族に提案するシーンに
難しさを感じていた出演者の皆様に。。。

せなくんのご家族のアルバム
を多くを語らず届けてもらったこと


そのアルバムにサクラ先生や今橋先生をはじめとした出演者も
スタッフの皆様も読んで涙して、
「このアルバムをみた後に演技するのと、見ないで演技するのでは
全く違ったシーンになっていただろう」といってくれていたことを
講演で話してきました。


その上でなおとくんの最終回のシーンを放送しつつ、
最終回後に9時間の飛行機旅行でご家族一緒に海外に旅立ったこと、


そして、9時間の飛行機旅行で再度、日本に戻ってきてくれた
こと、「パパとママと一緒に楽しく海外生活してきたよ」
顔を出してくれたことなどをお伝えしてきました。


「頑張って生きていること」「かわいい」ことを伝えたいと思う気持ちは
早産児であろうとなかろうと、生まれつきのご疾患であろうとなかろうと、
同じではないか。。。ということを伝えてきた自分でした。


最後の5分は神奈川県の昔を振り返り、

村田選手ご家族をはじめた自分の周囲の人たちと積み重ねてきたことを
お話しさせていたただきました。


北海道においても
何かの参考になればと思ってです。


人がいないからこそ、種まきは大切と思っていること。


自分にとって親愛なる新生児科医がいるNICU、そこで生まれる
赤ちゃんとご家族を町全体で応援してくださればという気持ちを伝えてきました。

自分の今の目標は
「コウノドリ」を現実にしたいし、それを超えていきたいと思っていること、
コウノドリは終わってもNICUは今も全国各地で続いていることを
多くの方に知ってもらい、
NICUでがんばるお子さん、ご家族、医療者、
NICUを卒業した後のお子さんやご家族、それを見守る医療・教育・福祉
などの人たちをそれぞれの場所で応援してもらえたらと
いう気持ちを伝えて講演の終了でした。


講演の後は、昔一緒に働いた北海道の後輩世代の新生児科医の皆様が
感想を伝えに来てくださりました。
再会を懐かしく、心温かく感じていました。

また、ちょうど、医学生さんたち
が感動を伝えきたので、
そのまま両者のご縁を結ばさせていただきました。

医学生さんたちの言葉にこういう機会が周産期医療を
志すきっかけの1つになれば未来につながると思えました。

全国各地でこういうイベントをすることが周産期医療不足の
解消になるならこういうことを続けていきたいと思えていました。



講演終了後すぐに
札幌医大の新生児科医の皆様に、札幌駅まで送ってもらい
列車を乗り継いで、空港にいき、


翌日のNICU勤務に備えて横浜にすぐに戻った日曜日の晩でした。
ご意見ご感想などお寄せくだされば心強く感じます。

コウノドリ:綿密な取材が生む高いリアリティー 信頼関係築き新生児も出演(毎日新聞デジタル)

http://i.yimg.jp/images/blog/rte/loupe16x16.png);visibility:visible;background-position:8px 8px;background-repeat:no-repeat no-repeat;">

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下記に参加してみました。
下記クリックするとわかりますが,
ブログランキングで上位になって
いました。
みんなで身近に感じてもらえるきっかけを作れたらと
思います。下記のどれかにクリックしていただけると嬉しく感じます。
(スマホの場合はパソコン版にした上でクリックが必要のようです)

 

   
  


関連記事
Posted byNICUサポートプロジェクト

Comments 0

There are no comments yet.