NICU60年の歴史を感じて:第60回日本新生児成育医学会・学術集会参加報告(初日)

留守を守ってくださった皆様にご報告を兼ねて
10月23日~25日に盛岡にて開催されている

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の報告をしていきたいと思います。

初日は

朝一番の口演で斎藤先生が新生児低体温療法中の
血中炎症マーカーの動きに関する報告をしてくれました。
新生児低体温療法をしているときはCRPが上がりづらく,
復温の後に上昇してくる,それはどうも感染症とは関係ない
から抗生剤変更などいらないかも,,,という年間15名近く
低体温療法をしている機会が多い自分達だからこそ,気づけた
かもしれない特徴について分析・報告してくれました。

この分野のリーダーの1人と感じる久留米の岩田先生が
いい発表と伝えてくださり嬉しく感じた自分です。
「英語の論文にすれば。。。」といってくれた岩田先生に
学会直前に既に投稿してきた斎藤先生の頑張りを頼もしく
伝えたかった自分でした。



つづいて,2年ぶりの再会に思える古瀬先生の報告を別会場
で聞いていました。神奈川でNICUが満杯の時に蘇生室で
マスクCPAPをかけるうちに呼吸が回復したお子さん達が
多いことを感じたという古瀬先生,北海道に戻って
蘇生室のCPAPを神奈川的にすることでNICUに入らずに
母児で過ごせるお子さん達が増えたかも・・・という
報告してくださっていました。

古瀬先生が北海道に戻ってからの想いや日々を感じる
ご発表を嬉しく感じながら拝聴していました。


昼休みに立ち寄った
のブースです。当院に縁のある医師・看護師メンバーが
頑張っている活動ですね。

今回は改築の設計を考えてくださっている設計士さんまで岩手にきてくれて
このブースに加わってくれていました。


家族で過ごせるNICUを考えていきたいという
雰囲気に充ち満ちていたブースでした。


様々な掲示パネルもありましたがその中に


昔,指導をさせていただいた後輩世代の医師達が作ってくださった
自分が御家族に伝えている声かけをパネルにしてくれて嬉しくも感じました。


午後は学会の総会,,,そして,


この学会の60周年記念式典でした。学会員を代表しての3名のご挨拶という
企画,若手,中堅,ベテランで1名ずつスピーチをするという企画があり,
若手の学会員の一人として7分間のご挨拶の機会を頂いていた自分です。


諸先輩方や来賓の皆様のご挨拶の素晴らしさにこの学会の
歴史の重みやその一員でいることの誇りを感じる気もしました。
厚労省の方からの祝辞の中にはドラマ「コウノドリ」への
社会啓発の期待の言葉などもありました。


60回の学会の開催地や会長,
その年の話題などを岐阜の寺澤先生がまとめて
くれた素晴らしい動画放映もありました。
東京で小児循環器医をしている自分の
ところに,もう一度新生児科医に戻らないかと
誘いにきてくださった恩師の後藤
先生が動画の中に登場したり,
2009年に未熟児動脈管開存症ガイドライン完成
というフレーズをみつけたことを当時一緒に
頑張ってくれたメンバーに伝えたい
自分でもありました。


こういう場でご挨拶の機会を与えてくださった諸先輩方には
期待してくださることをありがたく感じ,
一方で,準備しなきゃと思いつつ,
忙しさにかまけて,結局,前日からスピーチの準備をしていた自分を
自己嫌悪気味でもある時間でした。



式典の司会は自分が新生児科研修医時代に同期生として研修を
NICUの保育器の
ともにした倉敷中央病院の渡部先生であったことが心強く,
前で二人で様々なことを語り合った日々を想い出しながら,
場所は離れても同じ想いで頑張ってきた仲間の先生の存在を
大切に感じつつ,自分のスピーチの役目を果たしてこようと
思っていました。

原稿を直前まで書いていたPCを壇上に乗せようとして
上手く載らず,読めず,うる覚えでご挨拶になりましたが
自分のご挨拶を以下のような内容で
お話しさせていただきました。
再掲させていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新生児成育医学会60周年という節目の式典にてご挨拶をさせていただく機会を光栄に感じております。NICUの臨床現場にいる世代の1人としてご挨拶させていただきます。
 
 先ほどのスライドショーを拝見して、本学会の歴史は「救命が困難であった赤ちゃん達の命にあきらめずに向き合い続けてきた歴史」と改めて感じました。
 
 ちょうど20年前、私は初めてNICU研修をしました。サーファクタント、HFOなど、この学会の諸先輩方が開発してきた治療方法がすでに臨床応用されていました。超低出生体重児であっても救命は可能で、<後遺症を少なく救命すること>に目標がシフトした時期の学会に加わらせていただきました。
 
 私自身は研修医時代に防ぐことができなかった脳室内出血を撲滅したくて、新生児循環管理にこだわって診療や研究に取り組んできました。この学会でも、様々なご意見やご指導をいただきました。13年前にこの学会の学会賞をいただいたことは大きな励ましでもありました。NICU<保育器の前>で感じる若手の悩みや取り組みに心寄せてくださり、<世代を越えて共に考えてくださる>この学会の文化の中で、医療者として育てていただいたと感謝しております。
 
 この10年間で、学会のプロジェクトとして参加させていただいたことをお話しさせていただきます。日本の極低出生体重児の救命率は世界有数と言われてきましたが、どのNICUに入院するかで10倍以上の死亡率の差があることが明らかとなりました。その要因として診療方法の施設間差異が大きいことも要因と分析されました。

本学会からのご提案で<未熟児動脈管開存症の治療ガイドライン>を、41施設66名の同世代の皆様と一緒に作成させていただきました。私たちはガイドラインを作成する中で、ガイドラインは診療の質向上や施設間差異を減らすためのスタートラインに過ぎないと実感しました。
 
 引き続いて参加させていただいた周産期医療の質と安全の向上のための研究プロジェクト(INTACT)では、全国40施設のNICUをお互いに訪問し合うワークショップを各地で開催しました。ガイドラインなどの根拠をNICUチーム全体で共有しつつ、各現場において自律的に改善行動計画を策定し、その実現を多施設協働で支え合うという<チーム医療に対する質改善>に取り組みました。私は全国各地のNICUをご訪問させていただき、質改善を目指したワークショップに参加させていただきました。
 
 そこで感じたことは、全国各地にその土地で生まれる新しい命を大切に寄り添うNICUの医師や看護師さん達がたくさんいることを直に感じました。日本の成績が世界有数であるとしたら、それは設備や技術などではなく、NICU医療者の人財や赤ちゃん達に向き合う想いや姿勢が世界一だったのではないかと思えました。
 
マニュアルやガイドラインなどに頼りすぎず、各施設のきめ細やかな取り組みなどをお互いに伝えあい、共有しながら検証・研究し続けていくことで、お互いの診療の質向上につながり、未来の施設間差異は自然と減っていくだろうと感じました。
 
 「周産期医療の質と安全の向上のための研究」の参加施設では極低出生体重児のフォローアップ率が9割を超えるようになりました。救命率は高いがフォローアップ率は高くないという日本の課題を改善するきっかけの1つになったと考えます。
 NICU卒業は赤ちゃんやご家族にとってゴールでなく、スタートだと思います。NICUの集中治療は発達へのマイナス要因を減らすと信じますが、発達面へのプラス要因としてご家族と一緒にNICUから積み重ねていく取り組み、NICU卒業後に療育・教育・福祉など社会の中で多くの方々と一緒に取り組んでいくことにさらなる予後改善の可能性を感じています。

 新生児成育医学会という名称変更は、新生児医療はNICUの集中治療だけではない、その後の発達支援も含めて、赤ちゃんたちとご家族を見守っていくのが新生児医療であるという未来へのメッセージにも感じました。
 
 そして、新生児成育医学は早産児の医学だけではないとメッセージと感じました。胎児診断の普及は重症児の生直後からの診療の増加に繋がりました。最重症児への胎児治療、新型出生前診断などの医学の進歩は妊娠ご家族に困惑をもたらしている部分があると感じます。私たち新生児科医も「患者としての胎児(FETUS AS PATIENTS)」の意識をもって出生前からの様々な小児医療疾患の診療に踏み出していく必要性を感じております。早産児の集中治療や家族支援、発達支援などこの学会で蓄積したノウハウは様々な小児医療疾患の救命医療や発達支援につながっていくと考えます。小児医療の中で新生児医療が果たす役割が今後大きくなっていくと信じています。
 
 子供を大切にしない国には未来はこないと考えます。新生児成育医療は<未来への希望の光>になれると信じています。
 
 この学会を基盤として、ここにいる皆様、全国各地で留守を守ってくださっている皆様、未来にこの学会に加わってくださる皆様と共にこの先も共に頑張っていきたいと思います。未来に生まれる赤ちゃんとご家族が笑って生きていけることを支えらえる<新生児成育医療>を目指していけたらと願い、私のご挨拶とさせていただきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


上記の挨拶を終えて安堵の笑顔になっていた自分でした。


昔,指導医をさせていただいた先生方も聞きに来てくれて
いてそれが嬉しく感じつつ,学会でそれぞれと再会できる
機会が懐かしく,心地良く感じました。


式典の後はポスターセッションに参加していました。
染色体疾患の告知や御家族との協働意志決定に
関するポスターセッションで
他の病院の取り組みなどを大変興味深く
拝聴しながら意見交換してきました。



すっかり夜が迫る会場で担当した新生児感染症に関してその経験を
分析報告してくれていた友滝先生です。


若くして<未来の大学者か教授の若かりし姿>のような雰囲気
風格を感じる友滝先生の発表の様子が素敵に感じ自分でした。

玉置先生も聞きに来てくれていましたね。

来年度の研修希望の先生方との出会いでもあればと想い,
懇親会に参加しました。ドラマ「コウノドリ」がいい意味で
多くの先生方が注目してくださっているのを感じ,その感想を
嬉しくも感じる時間でした。


しかし,懇親会の途中で風邪発症?の体調不調を
感じ,翌日の準備もままならずでした。
コウノドリ第2話をみながら寝てしまった初日でした。



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Posted byNICUサポートプロジェクト

Comments 2

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オザワジュンコ  
No title

私は13トリソミーの次男を出産し、3ヶ月半NICUで育てていただき、そして看取りました。
やはり面会時間の制限があったり、他の子の急変でNに入れなかったりで「予後不良と言われているのに、もっと長く一緒にいてやれないものか」と歯がゆく思ったことが何度もありました。(それでもNに隣接する部屋にスペースを作っていただき、親子で一晩過ごせたこともあります。大変心を砕いていただき感謝しました。今でも貴重で幸せな思い出です。)
なので、家族で過ごせるNICUが増えて、少しでも多くの方が濃密な時間を持てるといいなぁと思います。
ちなみに、その次男の時の主治医の方が、現在そちらの遺伝科にいらっしゃるとお聞きしました。横井先生お元気でしょうか?

NICUサポートプロジェクト  
No title

> オザワさん,13トリソミーのお子さんと御家族も多数登場して頂いているこのブログです。お気持ちに心寄せさせて頂けたらと想います。お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に過ごす時間を大切にしていけたらと当院でもよく話し合っている言葉ですのでお気持ちはすごくよくわかる気がしました。次男の担当医の先生とご縁を感じています。このブログに登場してくださっているお子さん達の担当を一緒によくしてくださっていて,大変格好良くて素敵な先生のままですよ。今後ともメッセージなどお寄せくださると心強く感じます。ありがとうございました。