計画停電の中で:神奈川のNICU(その3)



<その2>のつづきです。


【20:00】
手術室に張り付いていた担当医の斎藤先生、少し、休憩中。

故郷の母様からの
配達物を開ける。手作りのパンなど多数。懐中電灯やカイロまで、避難所ではない
から。。。といいつつ、嬉しそうな斎藤先生。心配している母様の想いはよくわかる。

【21:00】
夜は余震が多い。地震の度に皆でNICU病棟に走る!




呼吸器倒れたり、停電になったら大変。医師・看護師・母様、みんなで呼吸器を
抑える。皆、若手医師はそれぞれの担当している赤ちゃんを心配して帰るに帰れない。。。

みんなで残っていると緊急入院。




チームワーク抜群になってきた。震災後に成長著しい研修医軍団。彼らが
未来のNICUを守る担い手、彼らがいる限り、NICU医療は崩壊しない気がする。
彼らの研修をサポートしたい。

困難な中で人は成長するかも。。。今の神奈川は被災地からきた研修医達で
守られている! かわりに彼らの故郷を支援したい。

【22:00】
手術終了し赤ちゃんNICUに帰室。手術の影響をチェックする斎藤先生。

頑張った外科の先生とバトンタッチして、これから自分達の役目。
エコー検査で手術の心臓への影響をチェック。


陸前高田にいる御家族を心配しながら長期入院のお子さんを寝付くまで一緒に
いるご両親。お気持ちが痛いほど伝わる。NICUで踏ん張って生きているのは
医療者だけでなく、赤ちゃんの御家族も同じ! お互いに励まし合いたい。
NICUは治療の場であり、生活の場でもあるかも。。。


【23:00】

手術後の患者さんを見守りながら、1日のエコー検査の写真の整理中。
故郷は冨山、大学は新潟で、関東に残る理由はない。。。お誘いして来て貰った
研修医だが、今となっては少し申し訳ない気持ち。研修期間は後1年あるけど、
早めに新潟に戻ってもいいよ?と訪ねたが、「自分は戻らない、横浜を守る」と
笑顔で言ってくれた斎藤先生。朝から本当にお疲れ様。震災後も笑顔を絶やさず、
長岡に続いての震災に的確な仕事ぶり。頼もしい後輩です。

【0:00】
 斎藤先生より一足早く帰宅。病院を出る。
ニュースに出ていた<なぜか煙いている震災後の横浜の空>、少し不気味。この空の
下で震災の影響と戦っている人達がいることを考えると、1日も早く、救出される
ことを願う気持ち。自分の場所で自分の役目を頑張りながら、東北で様々な役目の
人が頑張って下さることを応援したい気持ち。


震災を乗り越えて、復興の担い手の赤ちゃん達を守っていかないと。。。
こんな時代だからこそ、私達の役目は大きいかも。明日も朝から自分の役目を
果たせるように頑張ろう。明日もまた、みんなが無事であるように。


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Posted byNICUサポートプロジェクト

Comments 2

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kairi  
No title

先生達の忙しさにはいつも驚かされます。
休む間もなくNICUを守ってくれて…感謝です。

地震があった時に最初に考えたのがNICUにいる子達の事です。
被災地のNICUの子達大丈夫かな。
親御さんの気持ちになったら胸が張り裂けそうでした。
先生達ができる限りの事はしてくれてることでしょう。ただ今はもっと何かしたいのにできないと言う状況なのかな。。。

あたしに何かできる事ってなんだろう。
オムツや洋服が送れるらしいから送ろう!
募金はしたしこれからもしよう。
節電しよう。
献血しよう。(凄く混んでてみんなの優しさが嬉しかったです)

一日でも早く被災地のみんなが笑顔になれますように☆

豊島先生、忙しく働いてる先生方。体調崩さぬよう少しでも横になって体休めてくださいね。

ぷー  
No title

被災地から来た研修医たちに守られている神奈川のNICU。かわりにかれらの故郷を支援したい。 と、いう言葉にグッときました(;_;)

神奈川のNはそうやって守られているし、関東の一部であるはずの福島原発。私たちは恩返ししなければ・・・。

北国の人たちは、あの冬の厳しさを乗り越えているからほんとに我慢強く優しいと思う。海外からも称讚されている姿はその通りだと思う。

そして被災地から来て下さっている先生方、中越地震を経験された先生、神奈川のために本当にありがとうございます。

神奈川にとどまってくださろうというお気持ちでいてくださるのは、豊島先生たちの神奈川の先生方のお人柄やご尽力のおかげだとも思います。

自力を尽くして他力を待つ。自分にできることを尽くしましょう。